■手作りならではの温もりと独創性。そこに込められた思い。シブヤ氏が和紙職人として製作しているのは、一枚物の月山和紙だけではありません。魅力的な月山和紙を製品へと変えるまでが、紙屋作左ヱ門のプロダクト。唯一無二にこだわり、決して妥協しない、それがシブヤ氏のポリシーです。
エンボス加工に使用するのは、シブヤ氏自らが木版を彫って作成した木型。吉祥文様がアレンジされたその柄には、「ご縁が繋がりますように」との願いが込められています。ポチ袋にあしらわれたイラストは、ステンシルの技法で一つ一つ手作業で転写したもの。
色の濃淡など、商品によってそれぞれ異なる風合いに、手作りならではの温もりを感じます。
■国産の楮(こうぞ)が、きめ細かく丈夫な和紙を作る 全国各地に手すき和紙が存在しますが、風土や水の違いでその質感は微妙に異なります。
月山和紙の定義は、国産楮を使用した手すき和紙であること。月山の澄んだ水から生まれる和紙は非常にきめが細かくしなやかな手触り。楮の長い繊維が絡み合った和紙は、“紙=脆い“というイメージに反し、使い込むほど革のように馴染んできます。
紙屋作左ヱ門の製品には、名刺入れや小銭入れにもなる小物入れ等ありますが「大切に扱えば5年経っても現役で使えますよ。その経年変化も楽しんでほしいです。」とシブヤ氏は教えてくれました。
■楮(こうぞ)が和紙になるまで 白皮に加工された楮(こうぞ)が工房に運ばれ、和紙へと姿を変えます。水で戻し、ソーダ灰で煮て、潰したものに、ネリと水を混ぜて漉く。これが一連の流れ。その工程は一部機械の力は借りるものの、殆どが手作業です。
中でも白皮に残っている小さなゴミやキズを取る“ちり取り”の作業は、冷水を使うため、冬場は特に和紙職人泣かせなのだとか。「ちり取りで凍えた手を温かいお湯でほぐしている時『私、何やってるんやろ』って思う事もあるけれど。全て美しい和紙を作るため。
その作業も厭わないんです」
■滅びゆく伝統文化を守るために かつては、地元関西で専門職に就き、忙しい毎日に追われていたシブヤ氏。「道端に咲いている花の美しさにも気づけない…人として当たり前の感性を失っている事に恐怖を感じたんです。それで、思い切って別の道に進むことにしました。」 自分にしか出来ない事は何か。
模索を始め、出会ったのが紙漉きの世界でした。『微力な私にどこまで出来るかわからないけれど、せめて次世代に“1000年以上続く紙漉きの伝統のバトン“を繋いでいけたら…』それが、和紙作りを本格的な生業に決意するきっかけになったそう。
すぐに答えが出る人生でなく、色々な事に挑戦して自分の可能性を試してみたい。シブヤ氏の挑戦は、今もなお現在進行形なのです。
●Less is More 「少ない方が豊かである」 「物が少ない方が、人って工夫するじゃないですか」と笑うシブヤ氏。物に溢れる毎日では、豊かな心は育たない。必要最低限な物しか周りに無いからこそ、気付けるものがそこにあるのかもしれません。
山に生い茂る樹々、逞しく咲く道端の花、可愛い昆虫。季節によって移ろいゆく西川の景色たち。その全てが彼女の感性を刺激し、作品に命を吹き込んでいます。「木や革で作った小物は世の中に溢れているけれど、紙を使ったものってそうそう無いですよね。
そういうものにちょっと飽きた人、人とは違うものを持ちたい人に是非使ってほしいなと思って。そのアイテムが会話の糸口になり、それがきっかけでご縁がつながってくれたら嬉しいです」
【和紙職人 シブヤナオコ】 「毎日をフルスピードで生きて不安になるより、たとえ不便でもゆっくり人生の歩みを進めたい」との思いで、紙漉きの世界に飛び込む。
9年間、京都の黒谷で和紙作りの修行を重ね、2017年に西川町に移住。紙屋作左ヱ門の製品は少しずつ販路を拡大し、現在ではネットショップを始め、鶴岡市のスイデンテラス(水田に浮かぶラグジュアリーなホテル)や、山形駅に入っている尚美堂エスパル店(こだわりの山形民芸品を集めた魅力あるセレクトショップ)などで販売。
デザイン性と品質の高さが、多くのファンの心を掴んでいる。